「おむつを開けずに中が見たい」すべてはこの一言から始まりました

このインタビューは 2017 年時点のものです。
story vol.1 株式会社aba 代表取締役社長 宇井吉美

はじまりは祖母の看病と特養での実習

-Helppadはどのような経緯で開発が始まったのでしょうか?

学生時代に自分の祖母がうつ病になり、家族や周りの人だけで高齢者を支えるのは難しいなと痛感したことが、私の原体験としてありました。 もともと興味のあった技術やテクノロジーで人を支えたいなと思い、千葉工業大学工学部に進学し、学生プロジェクトとしてabaを立ち上げました。当時はロボット技術を使って何か作りたいなぐらいの気持ちで、具体的に何を作るかは決まっていなかったんです。 直接のきっかけになっているのは、私が特別養護老人ホーム(特養)に実習に行った際に、現場で働く方々の声を聞いたことですね。
大学時代の恩師である富山健氏は開発技術顧問としてHelppadの開発を支えている

テクノロジーはもっと介護現場の助けになれる

-介護現場に入ってみて、どのようなことを感じましたか?

大学時代、特別養護老人ホーム(特養)の実習に参加させていただいたのですが、その初日に、ケアスタッフさんが二人がかりで入居者さんを押さえつけつつ、お腹を押して、排便を促しているシーンを見る機会があったんです。 初めて特養に行った人間からすると、それはあまりにもショッキングな光景でした。 入居者さんはすごく叫んでいたし、ケアスタッフさんたちも結構な力で抑えていたので、私も感極まって泣きながら、「これはご本人が望んでいることですか?」って無邪気に聞いちゃったんです。 ケアスタッフの方の答えは「…わからないんだよね…。」というものでした。 その時に、悩みながらも日本の高齢社会を前線で支えている介護職の人たちの助けになりたいと強く思いました。
小規模多機能型居宅介護などを運営するケアワーク弥生勤務時代

入居者の生活を最優先したにおいセンサーという選択

ー排泄センサーに着目するきっかけは何だったのでしょうか?

ケアスタッフさんの「わからないんだよね」という言葉を聞いて、とにかく何か力になりたいと思い、「どんな製品があったらいいと思いますか?」と素直に聞いてみたんですね。 その時に「やっぱり、オムツを開けずに中がわかったらいいよね」と言われたんです。 オムツを開けようとしている瞬間も、中がどうなっているかわからないのって、開ける方も開けられる方も嫌なものですよね。 ちゃんと排泄物が出ているとわかってからオムツを開けたいと言われて、それってどうやったらいいんだろうと、開発が始まっていきました。

ー開発の中で難しかったのはどんなところでしたか?

当初は「濡れセンサー」という水分を検知するタイプのものを考えていました。 センサー入りオムツを毎回使い捨てていただくようなもので、技術的なハードルは低かったので、すぐに製品化できると思ったんです。 しかし、介護は日々の生活を支援していくものなので、できるだけその人の今までの生活を変えないで、どう支援するか、よりよくしていくかというのが重要です。 やっぱり、”体に何もつけないで排泄を検知する”方法を考えるべきだということになり、においセンサーにこだわって開発をすることになりました。 ところが、においセンサーというのが思いの外大変だったんです(笑)。
数々の試作機がHelppadへの険しい道程を物語る

研究室と介護現場の往復で乗り越えた高いハードル

最初はマットレスに埋め込むかたちのものを考えたり、股の部分にあてて排泄物を検知するタイプのものを試作したりしていたのですが、なかなか入居者さんのストレスにもならず、施設にも無理なく導入できるものにたどり着かない。 その後、シートタイプのものを考え始めた時は、自分たちがオムツを履いて自分たちがベットに寝て、自分たちが排泄をして実験をしていたんですね。 その時は簡単に排泄検出ができたので、これはいけると思って介護現場に持っていってみると、高齢者の方ってちょこちょこ排泄をしていたりとか、私たちと同じ排泄の仕方をしていないんですよね。 その高齢者の不規則な排泄をしっかりと検知することにとても時間がかかりました。 実験機が一通り完成して、現場でも排泄を検知して通知できるようになった時が、すごく嬉しかったです。 オムツ交換をした介護職の方が、私以上に喜んでくれて、「これ便利だわ」って言ってくれたのが、更なるモチベーションにつながりました。
確かな道のりでセンサーの精度を上げてきたabaの開発チーム

すべてはケアスタッフと入居者さんのために

ー介護の現場で働いた経験は開発にも活きたと感じますか?

現場での経験がなければ開発は頓挫していたとさえ思います。 大学卒業後も介護施設で働かせていただいたり、とにかく現場と寄り添いながら開発していきました。 同じ介護職という立場で入居者さんの人生に向き合う時間を過ごした中で、介護職の方々が求めていることのニュアンスや行間がわかるようになっていきました。 とはいえ、ほんと自分って無力だなっていうのを毎回感じています。 私自身はすごいエンジニアでもないし、介護職として何かが秀でているわけでもなく、ビジネスで大きな成功した経験もないという中で、本当に様々なジャンルの一流の方たちがこのプロジェクトに参加して一緒にこの製品の作ってくれています。 ほんと私がやっていることは、「やめますって言わない」ということだけかなと思います(笑)。
完成したシートタイプのHelppad

Profile

宇井吉美

千葉工業大学卒。2011年、在学中に株式会社abaを設立し代表取締役に就任。中学時代に祖母がうつ病を発症し、介護者となる。その中で得た「介護者側の負担を減らしたい」という思いから、介護者を支えるためのロボット開発の道に進む。特別養護老人ホームにて、介護職による排泄介助の壮絶な現場を見たことをきっかけとして、においセンサーで排泄を検知する「排泄センサーHelppad(ヘルプパッド)」の製品化に向かう。